博士の愛した数式 by 小川洋子

　これは、事故で記憶が80分しかもたない64歳の数学博士と、30前のあるシングルマザーとその子供の物語である。

　「私」はある日、家政婦として博士のもとへ派遣された。彼は離れで1人で生活していた。母屋には、足の悪い義理の姉が1人で生活していた。彼女からは、離れと母屋を行き来しないでくれと言い渡された。
　博士はひどい猫背で、体の手入れも行き届いておらず、およそ魅力的な男性とはかけ離れた存在だ。けれども、顔立ちは良く見ると端正な顔をしているのだった。
　彼は、自分の記憶を補うために、たくさんのメモ用紙を洋服にはりつけていた。

　「私」は、いつも6時ごろ博士の家での仕事を終え、アパートに帰って行く。「私」に子供が居ることを知ると、「子供を一人ぼっちにしておくなんて、いかなる場合にも許されん。」と彼はいう。かくて、息子は「私」の職場に学校帰りにくることになり、3人の奇妙な、しかし温かい関係が始まるのだった。博士は息子に「ルート（√）」というニックネームをつけてくれた。√は、「どんな数字でも、嫌がらずに自分の中にかくまってやる、実に寛大な記号」（本文より）なのだそうだ。

　この小説のおもしろいところは、状況的にはかなり不幸な博士と｢私｣が、数式というものを通して、心を通わせていくという、ユニークな設定にある。およそ、人とはかけ離れた存在であるはずの数式が、人に喜びや希望を与えることができるのだ。
　このことを知ると、自分にかかわりのある数字が急に身近な存在に思えてきて、私（coco）は、思わずそれらの数字を足したり引いたりしてみた。

　それから、この博士はタイガースの江夏豊の大ファンでもある。でも、彼の記憶は過去のもので、江夏は博士の中では現役で活躍している選手なのだった。この江夏も、この小説の中で非常に重要な役割を果たすことになる。

　博士は｢私｣の息子を、限りなく愛してくれた。毎晩一緒に夕飯をとったり、数式を教えたり、3人で野球観戦に行ったとき、突然ファールボールが飛んできて息子に当たりそうになるのを身体を挺して防いでくれた。それは、悲しい過去をもつ「私」にとって、心から嬉しいことだっただろう。

　博士は自分がもっとも庇護が必要な人間のはずなのに、こうやってこの不幸な親子を知らず知らずのうちに、救っているのだった。

　この博士と「私」の関係はなんと呼べばいいのだろうか。恋愛？親子関係？ どう形容していいのかわからない。けれども、素敵な人間関係には違いない。
　読み終わると、寒い戸外に立っているときに、ぬくぬくのカイロを手渡されたような気分になれるかもしれない。新しい年の初めにいい小説に出会えてよかったと思う。映画も、寺尾聡、深津絵里の主演で、近々に公開されるようだ。

コメント 21

こんばんは。
『博士の愛した数式』今読んでいます。まだ半分位ですが^^;
タイトルの巧さと、深津絵里好きなのもあって初めて小川洋子さんの作品を買ってみました。
今の所の感想は、面白い。パワーではなく、暖かさでするすると読める小説ですね。まだ読了していませんが、いい小説な空気は既に凄くでています。
cocoさんのレビューを読んで、この先を読む楽しみも倍増です^^
by tap (2006-01-10 00:18) 

tapさんへ
お久しぶりです。nice&コメントありがとうございました。
映画も、もうすぐ見れそうですね。
今年もtapさんにとって、良いお年でありますように☆
by coco030705 (2006-01-10 00:58) 

数式をとおして心を通わすとは、数学嫌いの私も少しは好きになれるでしょうか？（笑）ちょっと変わり者との心の交流というのは、今までいろんな映画で使われてきいるけれど、どれも個性があって面白いと思います（例えば「セント・オブ。ウーマン～」とか）。又これは趣向の違う作品ですが、深津絵里も好きなんで是非観たいです！
by クリス (2006-01-11 20:52) 

蟻銀さんへ
nice &コメントありがとうございます♪
私も実は数学が大の苦手でして。（笑）でも、この作品は、数字というものの
不思議を垣間見させてくれますよ。
映画もよさそうですが、原作もぜひ。
「セント・オブ・ウーマン～」は、好きな映画です。アル・パチーノの熱演がよかったですね。
by coco030705 (2006-01-11 21:09) 

コメントありがとうございます。
映画のブログはとっても好きなので、ゆっくりこれから
見せていただこうかな～と思っております。
「博士の愛した数式」は本も面白そうですね～
数学者と結婚した人のお話を聞いた事があるのですが、
数学は限りなくロマンチックなんだそうで、数学が苦手だった私には
皆目わからなかったのですが・・・・（笑）
でも、突き詰めていくと何でもきっと自分の琴線に響くものが
あるのでしょうね。
RSSに登録させていただいたので、時々遊びに来させていただきますね～
by ao-lovestory-dvd (2006-01-14 21:15) 

あおさんへ
こちらこそ、コメント＆TBありがとうございます。
私も、数学苦手なんですよ。先日、寺尾聡がテレビにでてました。
すごくいいかんじでした。いい役者だなと思いました。
映画は見るかどうか判りませんが。（笑）
私もまた、あおさんのお部屋にお邪魔しま～す。
by coco030705 (2006-01-15 00:55) 

cocoさん　こんばんは。
私も最近、文庫になってから読みました。とっても素敵な本でした！
数学って虚数とかが出てくると、もうお手上げなのですが
でも、この本を読んでいると
なんだか親しみが沸いてくるのが不思議ですよね。

映画の方は、一足早く試写会で観ることが出来たのですが
本と同じように静かな雰囲気が出ていて良かったです。
by non_0101 (2006-01-16 23:50) 

遅れましたが、この本よく本屋で見かけ、これは読めといっているのか！なんて思うこと、ちらほら。映画化らしいですねぇ。
しかし、アハハ。
by (2006-01-17 01:04) 

nonさんへ
nice&コメントありがとうございます。
もう試写でご覧になったんですね。うらやましいです。
先日、寺尾聡が関西の番組にでていましたが、すごくいい感じでした。
本もおもしろかったけど、映画もよさそうですね。
by coco030705 (2006-01-17 01:39) 

bikさんへ
こんばんは～。bikさんは科学者なので、数字には強いんですか？
この本は、数式とか数字について、小川洋子さんが数学者のところへ
わざわざ取材に行って書いているので、なかなかのものですよ。
でも、本も映画も好みってものがありますから、どうでしょうね。アハハ♪
by coco030705 (2006-01-17 01:51) 

WIZARDさんへ
パンパカパーン！♪　WIZARDさん、100niceめを踏んでいただき、
ありがとうございます☆　とってもうれしいです。
思えば、最初のniceもWIZARDさんからでしたね。
これからもよろしくお願いしま～す。（＾＾）
by coco030705 (2006-01-17 23:53) 

おはようさんです(^^)１００nice！おめでとさんです
これからもココさんの記事楽しみにしてますよ☆よろしくね！
この映画の予告編観てきました。寺尾聰や深津絵里がいい感じに温かさを感じる映像でした。公開されたら見に行きたいです(^^)
by (2006-01-18 08:32) 

切ないけどとっても温かくて良い話でしたね。
人の記憶は失われても、
数学の原理のように、見えなくてもずっと変わらず確かなものが存在
するって素敵だなぁって思いました。
来週映画を観に行く予定です（＾＾
by Naka (2006-01-21 00:12) 

Nakaさんへ
nice&コメントありがとうございます♪
ほんとに、いい小説でした。小川洋子さんのほかの作品も
読んでみようと思っています。
映画見に行かれたら、記事を楽しみにしていますよ～☆
by coco030705 (2006-01-21 01:06) 

お久しぶりです。
この映画を観たいと思い、お邪魔しました。
いやぁこの記事を読み、また観たい気持ちが強くなりました☆
あたたかく優しい映画は大好きです。
by lord-vader (2006-01-21 11:26) 

はじめまして。
阪神ファンにも読んでもらいたいですね。
ＴＢさせていただきました。
by うっしい (2006-01-21 16:54) 

ベイダーさんへ
お久しぶりです。お元気ですか。nice&コメントありがとうございました。
この映画を試写などで見た方の感想を聞いてみると、おおむね評判
いいようです。
今年は寒さが厳しいので、こんな心があったまる作品がいいですよね。
by coco030705 (2006-01-21 18:35) 

うっしいさんへ
はじめまして。nice&TB&コメントありがとうございました。
私は数学にも野球にもくらいのですが、充分楽しめました。
小川洋子さんって、加古川の方らしいですね。だから、阪神ファン
なのかしら。おもしろい小説でした。
by coco030705 (2006-01-21 18:39) 

こんにちは～、返TB&コメント、ありがとうございます(^^♪
私はココさんとは逆で、映画だけで原作はまだ読んでいません。
読書の時間は通勤電車の中だけなので、こういう感涙ものは困るんですが、是非読んでみたいです。
by honu (2006-01-30 19:40) 

honuさんへ
コメントありがとうございます。
ぜひ、原作も読んでみてくださいまし。きっと、温かい気持ちに
なれますよ。
by coco030705 (2006-01-30 21:10) 

うりくまさんへ

こんばんは。nice!とご訪問ありがとうございます♪

これはなんとなく覚えていますね。また作品と映画を読んだり観たりしたいものだと思いました。
これからは、もっとまじめに記事を書かなくてはいけませんね。
うりくまさんのお蔭で、そういう気持ちになれました。ありがとうございました。
by coco030705 (2022-03-21 19:52)