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浮世絵ねこの世界展(大阪) [アート・カルチャー]

 猫ブームに合わせて、猫の催しが多い昨今です。先日、大阪歴史博物館で「浮世絵ねこの世界展」を観てきました。会場に入ると、まず第1章の解説には、「猫は神様が創造した一番かわいい動物とも云われています」という一文があり、気をよくしました。


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 ネズミ除けとして大陸から持ち込まれたとされる猫は、江戸時代の頃にはすでに多くの人々の懐に潜り込み、広く親しまれるようになっていました。


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 歌川 広重   「名所江戸百景 浅草田圃酉の街詣」


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 月岡 芳年   「古今比売鑑 薄雲」

 浮世絵の題材にもしばしば取り上げられ、当時一大ジャンルであった美人画の片隅に登場してからは、擬人化され役者絵やおもちゃ絵の登場人物となって愛されたり、おどろおどろしい化け猫として人々の背筋を震えさせたりと多彩な活躍を見せます。


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 歌川 芳藤   猫の怪(猫絵で怪しい猫を描いています。よくご覧ください)


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 歌川 国芳   「流行猫の手まり」


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 歌川 国芳   「猫の当字」


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 歌川 国芳   「たとゑ尽の内」


 本展では、無類の猫好きで知られる歌川国芳(うたがわくによし)をはじめ広重(ひろしげ)、国貞(くにさだ)、豊国(とよくに)、英泉(えいせん)ら浮世絵師の作風の個性を楽しむことができます。特に国芳の浮世絵が圧倒的に多かったです。

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 歌川 国芳   「猫とねずみの酒盛り」
 これは、危ない人(猫)と酒盛りをする、考えなしの人(ねずみ)を風刺した絵らしいです。


 展覧会を通して、人々が猫とどう関わってきたのか、また人が猫にどのようなイメージをもっていたのかを読み解きます。また、大阪会場特設コーナーとして、飼い猫の取り扱いに関する古文書や江戸時代の土人形(つちにんぎょう)といった資料なども紹介されていました。


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 とにかく浮世絵だけでも、約150点もの展示がありました。浮世絵の美しさとそこに猫が描かれていることの面白さ、嬉しさに浸りました。帰りには足が棒になりました。でも、本当に満足感のある展覧会でした。暑い中を行ってよかったと思います。





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フェルメール展(大阪天王寺美術館) [アート・カルチャー]

 今月の12日が、大阪のフェルメール展の最終日でした。朝の用を済ませ、お昼前に、長蛇の列に並ぶのを覚悟で、「大阪天王寺美術館」へ急ぎました。この美術館は「あべのハルカス」の近くにあります。少し並びましたが、すぐに入館できました。

 フェルメールは、静謐な作風と、特徴的な光の表現で知られ、世界中を魅了する17世紀オランダの画家です。本展では、そのフェルメールの作品を、同時代のオランダ絵画とともに紹介していました。まずは、同時代のオランダ絵画を紹介します。


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 「手紙を読む女」  ハブリエル・メツー 1664- 年頃 
  これは、手紙を読む女性と、その召使が描かれていて、背景の海の荒れ模様が、手紙の内容を知らしめているとのこと。


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 「人の居る裏庭」  ビーテル・デ・ホーホ  1663-1665年頃


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 「本を読む老女」  ヘラウト・ダウ     1631-1632年頃
この老女の顔や服装、装飾品が大変精密に描かれている。高価な様の衣装やアクセサリーから、老女がお金持ちであることが、想像できる。
 

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 「家族の情景」   ヤン・ステーン     1665-1675年頃


 展示されていた同時代のオランダ絵画は、ネット上にも画像がなくて、ホームページ上もこの4点しか、表示されていませんでした。色々いい絵がありました。


 そして細い通路を抜けると、フェルメールの部屋です。照明を少し落とした部屋に、作品が浮かび上がっていました。今までの部屋とは違って、絵が光を放っているように感じました。
 他のオランダ絵画は、フェルメールの絵のように、それ自体が光を放っていると感じることはありませんでした。やはりフェルメールは特別だと思います。この記事の絵の写真では、はっきりわからないかもしれませんが、人物を浮かび上がらせるような手法は、フェルメールが確立させたのだろうと思います。



 ところで、現存するフェルメール作品は35点ともいわれていますが、本展では日本初公開となる「取り持ち女」など6点が集結。西日本では過去最大規模のフェルメール展でした。では年代順に観ていきましょう。


 フェルメール作品の中で、最も大きく、最初期作のひとつ。画中ではキリストが、家事を心配するマルタをよそに、座ってキリストの教えを聞こうとするマリアを讃えている。光と影の戯れ、人物の特徴づけ、幅広で厚く絵の具をのせた筆さばき。ユトレヒト派の画家からインスピレーションを受けたと考えられる。フェルメールにはめずらしい大きなサイズや主題から、特別な依頼を受けて制作されたものと推測される。

「マルタとマリアの家のキリスト」158.5×141.5 1654 - 1655年頃 
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 次の「取り持ち女」(日本初公開)は、宗教画から風俗画への転換期に当たる重要な作品で、画面の左端に描かれた男性はフェルメールの自画像であるという説が有力だそうです。
 初期作の1つである本作は、フェルメールがはじめて描いた風俗画。女性は今まさにお客から金貨を受け取るところです。彼女を明るく照らす光、表情や手の動きなど、後にフェルメールが確立する表現の萌芽がすでに見られます。

「取り持ち女」143×130 1656年
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 薄暗い室内に一人腰掛ける女性はリュートを抱え、弦をかき鳴らす。左手でペグをつまみ、音階を整えている。遠く窓の方に視線を向ける様子は、窓越しに何かを見つめているのか、それとも耳を澄まし、音を追うことに注力しているのか。机の上には楽譜らしきものが重なるように置かれ、壁には、ときに絵の中で、愛する人が遠い彼方にいることを示唆する地図が描き込まれている。

「リュートを調弦する女」51.4×45.7    1662 - 1663年頃
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 17世紀のオランダでは郵便制度の発達に伴い手紙でのやり取りが盛んに行われました。毛皮付きの黄色い上着姿の女性は、机に向かい羽ペンを走らせている真っ最中である。ふと筆を休めた彼女は、絵の前に立つ我々を見つめるかのようにこちらに顔を向けます。穏やかな光の中で優しく微笑む女性。耳元の真珠のイヤリングに光の粒が輝く。当時、人々が憧れ、親しんだ手紙をめぐる情景を、フェルメールは美しい女性像を通じて描き出しています。 私ココは、この絵の印刷版を買いました。これに合う額を見つけなくては。

「手紙を書く女」45×39.9 1665年頃
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 「恋文」は大阪展のみの公開。後期作のひとつである本作は、部屋の手前からまるで中を覗き込むように描かれている。 明るい室内でシターンを膝に乗せ、手紙を受け取る女主人。 訳ありげな表情を浮かべる女主人に、お手伝いの女性はいたずらっぽく微笑み、どこか親しげな雰囲気がただよう。 練り込まれた構図と物語性の高さが際立つ本作は、1971年、盗難の憂き目に遭うが13日後に発見され美術館に戻されたそうです。よくぞ戻ってきてくれましたね。そうでないと、今回観られなかったのですから。

「恋文」44×38.5 1669 - 1670年頃
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 幻想のような現実を描き出すことにおいて、フェルメール作品は、他に類を見ない芸術的なレベルに到達した。描かれる人物はしばしば寡黙で動きが少なく、絵画に厳粛でミステリアスな雰囲気をもたらしている。この絵画はフェルメール後期の最も独創的な作品のひとつ。召使いの女性が窓の外を眺めている間に女主人が手紙を書いている。床には、この時代のやりとりで使われたであろう赤い封印、スティック状のシーリングワックス(封蝋)などが落ちている。

「手紙を書く婦人と召使い」71/1×60.5 1670 - 1671年頃
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 世界屈指の人気を誇る画家フェルメールですが、熱狂ぶりが始まったのは、実は近年になってのこと。フェルメールは作品点数が少ないことから、美術ファンの間でもルーベンスやレンブラントほどには知られていませんでした。世界的なブームは、1995-96年に米国ワシントンとオランダのデン・ハーグで開かれたフェルメール展に端を発します。この展覧会でフェルメール人気が一気に広まったそうです。

 やはり最終日に行けてよかったです。でなければ、次はいつまとまったものが観られるのか、わかりませんから。ラッキーで幸せな1日でした。

 (なお、絵画の解説は、美術館のホームページによります。)






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東京旅行2 ビュールレ・コレクション(国立新美術館) [アート・カルチャー]

 次の日は国立新美術館の「ビュールレ・コレクション」を観に行ってきました。今回は地下鉄千代田線乃木坂駅から行ってみたら、すぐでした! 

 スイスの大実業家エミール・ゲオルク・ビュールレ(1890-1956年)は、主に17世紀オランダ絵画から20世紀の近代絵画に至る作品を集めました。中でも印象派・ポスト印象派の作品は傑作が揃い、そのコレクションの質の高さゆえ世界中の美術ファンから注目されています。彼は武器商人として財を成し、それを絵画のコレクションに注ぎ込みました。(チラシ&サイトより)


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 コレクションはチューリヒ湖そばにある瀟酒なビュールレの自邸に飾られていました。彼の死後遺族が、長年暮らしたチューリヒに財団を設立し、作品を自邸の隣の邸宅に移し、1960年から個人美術館としてオープンさせました。ところが、盗難事件があり、今度新館が建てられるチューリヒ美術館に移管されることになったということです。それが完成するまでのあいだ、このコレクションは各国に貸し出される予定とのことです。この展覧会がすごいのは、コレクションの約半数は日本初公開の作品だからです。


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 ルノワール 「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)」
 絵画史上最も有名な少女像ともいわれる作品です。いつまでも観ていたい、という人が多いので、すごい人だかりでした。


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 セザンヌ 「赤いチョッキの少年」
 セザンヌの肖像画の中で一番有名な絵だそうです。


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 モネ 「睡蓮の池、緑の反映」
 モネの大回顧展がチューリヒで開催されたときに、ビュールレがモネの遺族から購入したのだそうです。スイス国外に初めて貸し出されることになった4メートルを超えるモネ晩年の睡蓮の大作。撮影OKでしたので、自分でも撮ってみました。

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 アングル 「アングル夫人の肖像」(日本初)
 アングルの奥様、なんてきれいな人なんでしょう。見惚れますね。


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 ルノワール 「アルフレッド・シスレーの肖像」(日本初)
 ルノワールによるシスレーの肖像というだけですごいと思いました。


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 アントーニオ・カナール(カナレット)「サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂」(ヴェネツィア)
 明るく輝く水と細かい描写が美しいです。


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 モネ 「陽を浴びるウオータールー橋」(ロンドン)(日本初)
 モネはターナーの作品に感銘を受けたそうです。光にあふれていますが、霧がかっているところがロンドンですね。


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 ドラクロワ 「モロッコのスルタン」(日本初)
 1832年 ドラクロワはフランスの使節団によるモロッコ訪問に随行し、同国のスルタンに謁見したそうです。異国情緒漂う絵です。いい絵ですね。


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 ピサロ 「ル-ヴシエンヌの雪道」(日本初)
 普仏戦争前の平和な日常風景。こういう景色は実際にはもう見られないでしょうね。


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 シスレー 「ハンプトン・コートのレガッタ」(日本初)
 夏場のボート遊び。いかにもイギリスという風景。


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 モネ 「ジヴェルニーのモネの庭」
 モネは、なくなるまでの43年間ジヴェルニーに住み続けました。


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 マネ 「ベルヴェの庭の隅」(日本初)
 モネとマネの絵はかなりタッチがちうがうのが、2枚を比べてみてよくわかりました。


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 ドガ 「リュドヴィック・ルピック伯爵とその娘たち」


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 ルノワール 「泉」 (日本初)
 65歳のルノワールの作品で、リウマチで苦しんでいたとは思えないみずみずしさですね。


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 セザンヌ 「自画像」 (日本初)


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 セザンヌ 「庭師ヴァリエ(老庭師)」 (日本初)
 ヴァリエは最後のモデルで、この絵は未完だそうです。


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 ゴッホ 「花咲くマロニエの枝」
 なんてきれいな色なんでしょう。それに背景のブルーが細かく絵がかれ、白い花が印象的に見えます。


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 ゴッホ 「日没に種まく人」
 構図といい、すばらしいの一言です。


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 ゴーギャン 「贈りもの」 (日本初)
 

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 ロートレック 「コンフェッティ」 (日本初)
 コンフェッティはカーニバルの時に使用される紙吹雪のことだそうです。


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 ブラック 「ヴァイオリニスト」
 なるほど、ブラックの目を通すと、ヴァイオリニストはこんな風にみえるのですね。


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 ピカソ 「花とレモンのある静物」 (日本初)
 いい絵ですね。レモンの黄色が鮮やかで、絵を引き立てていると思います。


 この後美術館のB1にある「カフェテリア カレ」でお食事しました。

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 この日はかなりの寒さだったせいか、人が少なかったので、お料理も大盛りで出てきたので、びっくりしました。(*_*; これはドラクロアが最も大きな影響をうけた「モロッコ」の名物料理だそうです。クスクスと牛肉の煮込みがよく合って、とっても美味でした。@1200円です。




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ゴッホ展 巡りゆく日本の夢(京都国立近代美術館) [アート・カルチャー]

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 ファン・ゴッホ(1853-1890)と日本の関係に焦点をあてた展覧会。ファン・ゴッホが日本に関する文献や浮世絵を通して思い描いた理想郷としての〈日本〉と、日本の芸術家や知識人による聖地オーヴェール巡礼を通して築かれた〈ゴッホ〉という夢の交差をひも解き、今もなお絶大な人気を誇る画家の魅力を紹介します。(チラシの解説より)


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 「花魁」 1987年
 これは渓斎英泉の浮世絵をとても魅力的に模写しています。周囲の竹やガマ、蛙などは別の浮世絵からの引用だそうです。


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 「画家としての自画像」 1987年
 きれいな色ですね、真面目そうな表情、いい絵だと思います。


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 「雪景色」
 この風景は私はちょっと日本の冬景色のように感じたりして、好きな絵です。


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 「アイリスの咲くアルル風景」 1888年
 手前のアイリスが生命力あふれるタッチで描いてあって、真ん中は太い点描、その後ろにまた木がありすばらしいですね。本物の絵を観ると写真では感じられない迫力と力強さを感じました。


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 「夾竹桃と本のある静物」 1888年 (日本初公開)
 静物もゴッホらしさがあふれている絵だなと思います。力強い静物画ですね。


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 「ポプラ林の中の二人」 1890年 (日本初公開)
 林の中の静けさが伝わってきます。カップルの二人の会話を聴いてみたいです。

 
 あわせてコレクション・ギャラリーでは京都限定企画として、大阪を拠点に活躍する現代美術家・森村泰昌によるファン・ゴッホ関連作品や他の色々な画家のゴッホにちなんだ作品がありました。

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 「寝室」1888年
 この絵画をもとにつくった実物大のゴッホの寝室が展示されていておもしろかったです。森村泰昌さんの作品です。

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 「ファン・ゴッホ兄弟のお墓」

 テーマが面白くていい展覧会でした。改めてゴッホの絵画の魅力に気づくことができました。





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フランス近代絵画と珠玉のラリック展(ユニマットコレクション) [アート・カルチャー]

 神戸の六甲アイランド公園内にある神戸市立小磯記念美術館で「フランス近代絵画と珠玉のラリック展(ユニマットコレクション)」を開催しています。ユニマットグループというのは、オフィスコーヒーや介護、リゾートなどの事業を幅広く展開している会社だそうで、その創業者、高橋洋二氏が長年にわたって収集した美術品の中から選りすぐりの精華を紹介する展覧会です。

 バルビゾン派、印象派、エコール・ド・パリの画家たち、それにアール・デコのルネ・ラリックのガラス工芸のすばらしい作品が揃っていました。

 バルビゾン派のミレー、コロー、ドービニーの絵は風景画が主で、その静かな美しい風景に心が落ち着いてきました。その中でジャン=フランソワ・ミレーの「犬を抱いた少女」

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 目の大きな可愛らしい少女で品のあるたたずまい。

 バルビゾン派の画家の風景画がたくさんあって、その風景の中で静かに座って瞑想しているような気分になりました。画像のアップができないのが残念です。


 19世紀のサロンで活躍したジャン=ジャック・エンネルの「マグダラのマリア」はすばらしく美しい絵でした。心惹かれてしばらく足をとめました。

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 自然体のポーズが女性の美しさを引き立てているようです。


 印象派の画家の絵もかなりありました。次の絵はエドガー・ドガの「4人の踊り子たち」

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 そしてオーギュスト・ルノワールの「母子像(アリーヌと息子ピエール)」

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 これは柔らかい色彩が、ルノワールの妻と息子への限りない愛情をあらわしているような、素敵な作品です。


 エコール・ド・パリのアメデオ・モディリアーニの「ルニア・チェホフスカの肖像」

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 モダンで個性的な絵ですね。いつまで経っても古さを感じません。


 藤田嗣治の「長い髪のユキ」です。

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 ちょうどフジタとユキが結婚したばかりの時の絵で、ユキの透き通るような美しさが魅力的です。

 同じくフジタの「バラ」

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 枯れかけているバラのようですが、惹きつけられる絵です。
 このほか、ユトリロやデュフィのいい絵もありました。

 絵画作品だけでなく同じコレクションから、アール・デコを代表する工芸家ルネ・ラリックのガラス作品も27点展示されていました。置物、花瓶、燭台、水差し、鉢など。次の作品は「立像 笛奏者」です。

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 それから、ラリックのお嬢さんをモデルにした置物です。

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 とても美しい作品の数々でした。絵画といい、ガラス作品といい、どれもこれもいいものばかりで、満足感の高い展覧会でした。


 そして、小磯良平作品も違う展示室に15点公開されていました。

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 自画像

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 マヌキャン

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 踊り子

 小磯はドガの影響を受けて、踊り子の絵をたくさん残しています。

 台風の影響で雨がかなり降っていたので人も少なく、本当にゆっくりといい時間を過ごすことができました。





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拝啓 ルノワール先生 ―梅原龍三郎が出会った西洋美術 [アート・カルチャー]

 あべのハルカス美術館で「拝啓ルノワール先生」展を観てきました。ここはお気に入りの美術館です。アクセスがいいし、天井が高いのが好きです。

 本展は、オーギュスト・ルノワールと梅原龍三郎の作品だけでなく、梅原画伯が蒐集した作品、彼と親交のあったピカソやルオーらの作品約80点により、近代絵画における東西の交流を紹介しています。とても見ごたえのある面白い企画の展覧会でした。


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 梅原画伯「バラ、ミモザ」


 絵からもわかるように、梅原龍三郎はその豪快な性格から“画壇のライオン”と呼ばれていたそうです。パリでは、安井曾太郎、津田青楓に迎えられ、当初は彼らと交わるがすぐ、高村光太郎や山下新太郎らとも知り合い交流しました。


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 梅原画伯「読書」


 梅原龍三郎はサロン・ドートンヌなどで物議をかもしていたジョルジュ・ルオーに注目。作品を購入します。そしてついにピエール=オーギュスト・ルノワールに出会った梅原画伯は、ルノワールを師と仰ぎ、師との対話や制作現場から多くを学び、ルノワールの家族たちとも親密な関係を築いていきました。会場には彼あてのルノワールの自筆の手紙なども展示されていました。ルノワールの直筆がみれるとは思っていなかったので、とても感激しました。


 ルノワールの「パリスの審判」とそれを模写した梅原画伯の「パリスの審判」です。二人の個性の違いがはっきりと見てとれますね。どちらもすばらしい作品だと思います。

 ルノワールの「パリスの審判」
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 梅原龍三郎の「パリスの審判」
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 西洋絵画の模倣ではない、独自の油彩画として確立した梅原画伯の画業がよくわかりました。さらに、優れた鑑識眼を持つ「蒐集家」梅原龍三郎が愛蔵したルノワール、ピカソ、ルオーらの作品がまとめて展示されているのもこの展覧会の興味深いところでした。以下はその一部です。

【ルノワールの作品集】
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 麦藁帽子の若い娘

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 バラ

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 バラ色のブラウスを着けた女
 
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 勝利のヴィーナス(ブロンズ像)


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 ヴェールを持つ踊り子(ブロンズ像)

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 横たわる浴女

 【ジョルジュ・ルオー】
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 エバイ(びっくりした男)

 【ポール・セザンヌ】
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 リンゴとテーブルクロス

 梅原龍三郎の絵はあまり好きではなかったのですが、この展覧会を見てすばらしい画家だなと思いました。またどこかで梅原画伯の展覧会があったら、観に行きたいです。



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バロックの巨匠たち展(姫路市立美術館) [アート・カルチャー]

先日、兵庫県姫路市の県立歴史博物館で、落語家の桂米朝さんの展覧会があり行って来ました。


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 高座の米朝師匠

「人間国宝桂米朝とその時代」展です。米朝さんの仕事(上方落語の復興)がどんなに偉大な業績であったかを思い知りました。今は息子の米團治(長男)さんがいい落語家になってこられました。その御兄弟がこの米朝展が催された歴史博物館の学芸員中川渉さん(三男)で、渉さんの企画でこの展覧会ができたというわけです。3月20日まで展示しています。

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 文化勲章受賞記念の写真と米朝さんのアンドロイド
 
 米朝さんのアンドロイドロ、そっくりです!

 このとき、ちょうどすぐ隣の市立美術館で「バロックの巨匠たち」展をやっていたので、ついでに観てきました。


 この展覧会はバロックの絵画を、16世紀末から18世紀初頭にかけて西洋の広汎な地域に表れた多様な美術様式ととらえて、この展覧会ではイタリア絵画、オランダ絵画、フランドル絵画、ドイツ・フランス・スペイン絵画の44点が展示されていました。

 オランダの代表はやはりレンブラントですね。その精緻な描写力に改めて魅せられました。しかもこの女性の顔がほんのりとした血の気の通った顔色で、まるで息遣いが聞こえてきそうな気がしました。普通の古典絵画とは違うなと感じました。


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レンブラント・ファン・レイン 「襞襟を着けた女性の肖像」


 次はブリューゲルの風景画ですが、色が美しく人々も動きがありますね。ブリューゲルは親子の画家だったのでしょうか。よく知りませんが……。

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ピーテル・ブリューゲル(子) 「フランドルの村」


 かの有名なルーベンスの絵です。やはりキリストを題材にした絵画が多いですね。このキリストはいばらの冠をかぶせられているのですが、穏やかな人格がその表情からうかがえました。

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ベーデル・パウル・ルーベンス 「十字架への道」


 美しい静物画(?)です。ブットーとは仏頭だと思います。子供がブットーに花冠をささげているところです。左右対称っぽいですが、少しづつ違いますね。

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ヤン・ダーフィッツゾーン・デ・ヘーム  「花束と果実とブットー」

 
 何と美しい女性なんでしょう!昔から美人は絵になりますね。ずっと見ていたかったです。ドレスも素敵でした。

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パオロ・ヴェロネーゼ  「女性の肖像」


 ムリーリョの聖母子、静かな絵ですがとても魅力的だと思います。イエス・キリストもマリア様もとても人間的に描かれていますね。

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バルトロメ・エステバン・ムリーリョ 「聖母子」

 
 こちらもブリューゲルの絵画です。キリスト教のことをあまり知らないので、こういう時ちょっと恥ずかしい気もします。

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ピーテル・ブリューゲル(子) 「東宝三博士の礼拝」

 バロックの絵画は古典絵画と似ているのですが、もっと色彩が美しく人間味がある感じがしました。


 このあと明石へ行って、大学の後輩の案内で「明石焼き」を食べて帰りました。明石には「魚ん棚」という有名な商店街があって、明石港でとれとれの魚介類が買えます。
 
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 JR明石駅と魚ん棚商店街

 明石焼きは別名玉子焼きともいいます。タコ焼きと似ているのですが、中にはタコだけが入っています。それをお出汁に付けて、おネギや紅ショウガととともにいただきます。

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 卵がとてもいいお味で、それが出汁とあいまって、薬味とともにいただくと、えもいわれぬ美味しさでした。大阪にも明石焼きの店がありますが、全く違う味でした。やはり本場でいただかないとね。ということで、充実した一日でした。





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藤田嗣治展(兵庫県立美術館) [アート・カルチャー]

 7月~9月に神戸の兵庫県立美術館で開催していた藤田嗣治展(レオナ-ル・フジタ)展に行って来ました。フジタ生誕130年記念の展覧会です。

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 私は藤田の猫の絵が特に好きで、藤田の展覧会は必ず行ってます。今回も画家自身と猫、女性や少女と猫などの絵があり、人物も猫もよく描かれていました。藤田が最晩年になぜフランス国籍をとったのか疑問だったんですが、それは戦時中無理やり描かされた戦争画を終戦後、画壇から批判され、ひどく傷付いたことが理由とわかりました。とてもいい展覧会でした。

展覧会の構成
Ⅰ 模索の時代 1909~1918

 第一次世界大戦が勃発し、日本からの仕送りも途絶え、苦しいパリでの生活の中で、自分だけの表現を目指して試行錯誤の日々。

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 自画像

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 パリ近郊の風景画


Ⅱ パリ画壇の寵児 1919~1929

 サロン・ドートンヌで6点の作品が入選し、乳白色の裸婦像で注目を集める。そして日本人で初めて大きな成功を手に入れた・

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 猫と犬両方描かれているのが珍しいですね。


Ⅲ さまよう画家 1930~1937

 1930年代アメリカから中南米、中国そして日本と各地を転々としながら制作を続けた。作風も鮮烈な色彩で風俗的な主題を描いた。

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 カーナバルの後

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 客人(沖縄)


Ⅳ 戦争と国家 1938~1048
 
 藤田は第2次世界大戦勃発のため、帰国し国家の要請で戦争画を描き、それが当時の日本人に評価された。

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 アッツ島玉砕




Ⅴ フランスとの再会 1949~1963

 戦後日本の画壇から、戦争が制作の責任を問う議論の数々に傷ついた藤田は、1949年日本を離れパリに戻る。そして懐かしいパリの街並みや子供、優美な婦人像を頻繁に描くようになる。

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Ⅵ 平和の祈り 1952~1968

 カトリックの洗礼を受けた1959年以降、藤田はそれまであまり描くことのなかった宗教画を描きます。そしてランスの平和礼拝堂(通称フジタ・チャペル)の壁画制作に晩年をささげるのでした。
 藤田はフランス人3名と日本人2名の計5名の女性と恋愛したり結婚したりしています。でも最後は日本人の奥様でした。藤田はある意味不幸な人だと思います。日本では受け入れられなくて、戦争で傷付きフランスにしか居場所がなく、帰化したのですから。でもフランスでこそ、自分の才能を開花することができたのです。波乱万丈な人生でしたね。

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 最後に私の好きな藤田の猫の絵を何枚か載せておきます。(展覧会には出ていません)

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みどりさんのガラス器展 [アート・カルチャー]

 高校時代からの大切な友人みどりさんが、6,7年かけて創りあげたガラス器の初の個展を、この7月に大阪梅田の画廊で開きました。すばらしい作品群です。どうぞご覧くださいませ。

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 いい作品ばかりでしょう? 

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 彼女は全くグチをいわない人です。そこが私と反対のところで尊敬に価します。

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 お魚のは、ほんとは横向きでガラスの箱です。宝石箱かしら。大事なものを入れておくことができます。


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 ブルーのは時計です。きれいでしょう?



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 みどりさんは猫と犬を一匹ずづ飼っています。トラちゃんとテンちゃんです。どちらももう10歳以上かしら。二匹のお母さんもやってるんですよ。偉い!


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 みどりさんの趣味はスキューバダイビングです。沖縄や石垣島によく出かけてました。私も誘われましたが、暑いところが苦手なのでまだ行ってません。高校時代は私も水泳部にちょこっと入ってましたので、一緒にプールで泳いだりしました。一度だけ競泳したことがありますが、互角でしたよ。


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 二人で旅行はよく行きます。温泉が多いですね。美術館や映画はしょっちゅう一緒に行ってます。そして困ったときはいつも親切に助けてくれる人です。家族が亡くなったときに、すごく落ち込んでたのですが、みどりさんのお蔭で元気になりました。優しくて温かい人です。


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 個展で久しぶりにご主人にお会いしましたが、お元気そうで嬉しく思いました。みどりさんによると、個展には昔の仕事仲間や生徒たちがたくさん来てくれたそうです。お人柄ですね。


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 これらの作品は全部売り物になっていました。総数70点ほどありましたよ。私は次の4作品を買いました。


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 上の2枚の写真は、セットです。最初のは「ゆり」という題で飾り皿としても普通の食器としても使えます。次の4枚に分かれているのは、同じ「ゆり」でもう我が家の食器棚に入れています。三枚目のお皿は「沖縄の海」という作品で、ちょっと外のものが写ってしまってわかりにくいのですが、すごくきれいなお皿。これは人気があって、何人もの人が注文したのですって。このお皿が個展の案内状に使われていたので、私は始まる前に予約しておきました。四枚目はランプで「海月」です。夜暗い部屋に置いてランプを灯すとほんとうに夜の海に浮かんでいるクラゲのようです。会場にも時間前に到着して、すばやくこの4点を手に入れました。よかったわ。売れ残ったのは数枚だそうです。

 みどりさんは才能があるけど、プロとして大々的にやっていく気はなさそうなので、次の個展はやはり6,7年後になるかもしれませんね。楽しみにしています。

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「ピカソ、天才の秘密」展 あべのハルカス美術館 [アート・カルチャー]

 大阪あべのハルカス美術館で開催中の「ピカソ、天才の秘密」展へ行ってきました。この展覧会はパブロ・ピカソ(1881~1973)の画風の変化に従って、第1章から第4章まで絵を分けて展示し、ピカソが成長し変化していく様子をつぶさに見ることができました。


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第1章少年時代(1894~1901) 
 美術教師だった父の手ほどきで、早熟の才を発揮します。この当時を表すピカソの言葉は「私は子供らしいデッサンを描いたことがまったくない。決してね。どんな幼い時でもだ」下の絵の中の右端の上の自画像がそれを物語っています。これはわずか15歳の時の絵です。


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 次の絵は「キク」でこの当時花の絵が流行っていたので、お金を得るために描いたものだそうですが、すばらしく完成度の高い絵に思えます。

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第2章青の時代(1901~1904)
 親友カザジェマスが恋の悩みから自殺し、それによるショックや、無名画家としての貧しい生活から、ピカソはカンヴァスをメランコリックな青い色調で覆うと同時に、社会的弱者の存在へと目を向け、人間に対する深い洞察力を培っていきました。


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 スープ


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 海辺の人物


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 貧しき食事(エッチング)


 私はこの青の時代の絵が大好きです。何とも言えない美しい青の色と寂しい感じが好みです。日本人ってメランコリックなものが好きなのかもしれませんね。


第3章バラ色の時代(1905~1906)
 1904年の春から、ピカソはパリに住み、芸術家仲間と共同生活を送り始めます。美しい恋人もでき、次第に心の安定を取り戻した彼の絵はピンクを主調色としてのものに変わり、道化師や市井の人々を繊細な叙情性をもって描くようになりました。このころのピカソの言葉は「私の内面は否応なく私の絵画に表れる」です。

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 扇子を持つ女
 まだ青をつかっていますが、肌の色がピンクがかっていて、背景も青を使っていなくて次の時代へ入ったことがわかります。私はこの絵がこの展覧会の中では一番好きです。


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 パンを頭にのせた女


第4章キュビスムとその後(1907~1920)
 とどまることを知らないピカソの創作意欲は1907年、美術界を震撼させる新たな作風を誕生させます。キュビスムの始まりです。描く対象をさまざまな視点から分析・解体して再編成した奇抜な絵。しかしそれもまたピカソにとっては必然であり、生涯続く挑戦のワンステップでした。この時の言葉は「あらゆる創造活動はまずなによりも破壊活動である」です。


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 ポスターのある風景


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 その後もピカソの作品はさらなる変貌を遂げていきました。私たちがよく知っているあのたくさんの抽象画を産み出すものすごいエネルギーをピカソは持っていたのですね。そしてその原動力となったものは、7人(わかっているだけで)もの女性との恋愛であり結婚だったのでしょうか。91歳までとどまるところを知らない意欲で描き続けたピカソは本当に人生を燃やし尽くしたといえるかもしれません。最後にピカソのもう一つの言葉を書いておきます。「私の作品は日記のようなものだ」
 
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