雪の轍

　聞き覚えのない言葉を話す俳優たち、美しく変化に富む景色、不思議な奇岩群、洞窟ホテルの幻想的な佇まい。静かで厳しい冬の景色の中で尊厳とは何か、愛とは何かについて考えさせられる名作。全編に流れるシューベルトのピアノソナタ20番がこの作品のテーマを表現しているかのようだ。見事な3時間16分のセリフ劇である。





　トルコの巨匠ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督による大作で、2014年のカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した人間ドラマ。世界遺産カッパドキアの壮大な風景をバックに描き出す。主演はトルコの国民的俳優ハルク・ビルギナー。（allcinema ONLINE)

　トルコのカッパドキアに佇むホテル・オセロ。イスタンブールで舞台俳優として活躍したアイドゥン（ハルク・ビルギネル）は、資産家だった父の死をきっかけに引退し、若く美しい妻ニハル（メリサ・ソゼン）と、離婚した妹ネジラ（デメット・アクバァ）と共にホテルのオーナーとして暮らしていた。ホテルの他にも店舗や家を持ち、膨大な資産の管理は弁護士や使用人に任せる、人も羨むような裕福な生活。だが3人の関係はぎくしゃくしていた。

　そんなある日、彼が運転していた車に道端から石が投げ込まれる。犯人の少年は、アイドゥンに家賃が払えず、家具を差し押さえられたイスマイル（ネジャット・イシレル）の息子だった。不遜な態度でアイドゥンに恨み言をぶつけるイスマイル。イスラム教の聖職者であるイスマイルの弟ハムディ（セルハット・クルッチ）がとりなしたものの、両者は一触即発の状態に・・・。
　
　この少年はなぜ石を投げたのだろうか。少年の一家は家具やテレビを家賃のかたに取られ、ただでさえ貧しい生活に輪をかけて極貧状態で暮らしている。もちろん法律的には家賃を払わないほうが悪いということになるが、それにしても情のないやり方だ。論理ではないのだ。そういうことが少年の心を傷つけたのだろう。

　やがて冬の訪れとともに宿泊客が去ると、まるで時が止まったかのようなホテルで溝を深めてゆくアイドゥンとニハル。ニハルは、自分は若いときに年の離れたアイドゥンに見初められ結婚して若い時間をささげてきた、犠牲にしてきたとアイドウンと言い争う。そして自分は籠の中の鳥なのだという。彼女は自分では働かず、裕福な夫の資産をもとにした慈善活動を生き甲斐にしていた。それでも心の空白を埋められないものがあったのだろうか。

　アイドゥンはやがて、妻を残して仕事のため半年間イスタンブールに向かうことを決意する。その前に妻に慈善活動に役立てるようにと、家一軒を買えるくらいの大金を手渡す。夫が去った後、ニハルは家賃滞納の極貧一家イスマイル家へ向かう。困窮する彼らへの援助のつもりで夫が手渡してくれた大金をイスマイルに贈ろうとするが、イスマイルは拒絶。ニハルは自分の善意が受け入れられなかったことに大泣きする。しかし彼女は自分の善意がイスマイルのプライドを、踏みにじったことに気が付かなかった。

　一方、大雪で足止めを食らったアイドゥンは、旧友の農場を訪れる。友人たちとしたたかに酒を飲み、議論を交わしながら一晩を過ごした彼は、再び雪の道を辿り、妻の元へ戻ることを決意するのだった。

　アイドゥンとニハルの心の溝は埋まるのだろうか。アイドゥンは自分は匿名で多額のお金を色々なところへ寄付してきたと訴える。やるべきことはやっているのだと。最後はセリフではなく心の声として、アイドゥンのニハルに対する本当の愛が語られる。男の愛の深さとそれがうまく伝わらない悲しさを感じた。

　何が相手にとって本当の優しさなのか、そして人間の尊厳（プライド）とは何か。それをはっきりと感じさせてくれたのは若妻ニハルと貧しいイスマイルの口論のシーンで、とても印象的な場面だった。

　この作品はヌリ・ビリゲ・ジェイラン監督の初の日本劇場公開作品だそうです。カンヌパルムドールにふさわしい、すばらしく人間くさい作品でした。ぜひご覧くださいませ。

原題：KIS UYKUSU/ WINTER SLEEP　　監督：ヌリ・ビリゲ・ジェイラン
出演：ハルク・ビルギネル、　メリサ・スーゼン、　デメット・アクヴァ、　ネジャット・イシレル
セルハット・クルッチ
2014年　トルコ／フランス／ドイツ

コメント 39

sugoimonoさんへ
こんにちは。nice!とご訪問ありがとうございます♪


by coco030705 (2015-07-18 15:35) 

こんばんは
「全編に流れるシューベルトのピアノソナタ20番」というのが魅力ですね☆
きっと独特の雰囲気で話がすすむんでしょうね
興味深々な作品ですが、近くでやってないのが残念デス(>_<)
by コザック (2015-07-18 17:57) 

こんにちは。
気になっている作品です～
疲れている時に観てしまうと、心地良く眠ってしまいそうと思って二の足を踏んでいましたけど
やっぱりチャレンジしてみようかと考え中です。
色々と考えさせられそうですね☆

by non_0101 (2015-07-18 18:11) 

コレ見たいんですが、どこにも置いてないんですよね。
by シルフ (2015-07-18 20:23) 

コザックさんへ
こんばんは。nice!&コメントありがとうございます♪

私はあまりクラシックに詳しくないので、音楽はオリジナルなのかと思ったくらい、映画にぴったりでした。1曲しか流れないのですが、すばらしい曲です。女優さんがとてもきれいな人。どこかでご覧になれるといいですね。

by coco030705 (2015-07-18 21:22) 

nonさんへ
こんばんは。nice!&コメントありがとうございます♪

長尺の作品ですが、時間はそんなに感じさせなかったです。きっとセリフがいいからだと思います。私としては大変興味深い映画でした。人間ってある意味誰もかれも馬鹿なところをもっているし、かみ合わないことだってあるなと思います。楽しい映画ではありませんが、人間についてよく描けている作品だと思います。
by coco030705 (2015-07-18 21:27) 

アルファルハさんへ
こんばんは。nice!とご訪問ありがとうございます♪

AKIさんへ
こんばんは。nice!とご訪問ありがとうございます♪

uminokajinさんへ
こんばんは。nice!とご訪問ありがとうございます♪

gillmanさんへ
こんばんは。nice!とご訪問ありがとうございます♪

by coco030705 (2015-07-18 21:31) 

シルフさんへ
こんばんは。nice!&コメントありがとうございます♪

私は大阪のシネ・リーブルという映画館で観ました。ミニシアター系なら
どこかでやっているかもしれませんね。岩波ホールとか、恵比寿ガーデンシネマとか・・・。どこかでご覧になれるといいですね。

by coco030705 (2015-07-18 21:33) 

makimakiさんへ
こんばんは。nice!とご訪問ありがとうございます♪


by coco030705 (2015-07-19 00:00) 

Taekoさんへ
こんばんは。nice!とご訪問ありがとうございます♪

by coco030705 (2015-07-19 00:01) 

怪しい探麺隊さんへ
こんばんは。nice!とご訪問ありがとうございます♪

by coco030705 (2015-07-19 01:34) 

　もし　貧しくて
スープしか飲めない
でも　それは　愛情こもった
温かいスープなら　幸福感に満たされますね。＾＾

by iruka (2015-07-19 07:57) 

irukaさんへ
こんにちは。nice!＆コメントありがとうございます♪

お金があれば人は幸福になれるとは限らないですものね。主人公もその妻も、自分では気付かずにお金に踊らされているのでしょうね。


mozさんへ
こんにちは。nice!&コメントありがとうございます♪

クラシックにもお詳しいんですね。本当に映像にもストーリーにもピッタリな曲でした。考えさせられる映画で興味深かったです。


by coco030705 (2015-07-19 15:47) 

mayuさんへ
こんにちは。nice!とご訪問ありがとうございます♪

by coco030705 (2015-07-19 15:49) 

シューベルトのD.959の第２楽章なんですね。
確かに、書いて頂いた粗筋とポスター、カッパドキアと雪etc etc ・・・の風景に良く似あいそうです。
２楽章の寂寥の感じ、たんたんと弾かれる音たちは、静かに雪の降るシーンに良く似あうでしょうね。
この映画、見たくなってきました。　^^

すいません・・・、誤字脱字だらけでした。　^^;
いえいえ、シューベルトのピアノソナタはたまたま好きなんです。

by moz (2015-07-19 17:46) 

mozさんへ
コメント書き直していただき、有難うございます。
またmozさんのブログを拝見してクラシックのことも
学びたいと思います。
by coco030705 (2015-07-19 18:12) 

カンヌパルムドール受賞作なんですね。しかもトルコ映画でカッパドキアが舞台。幸い、うちから遠くない所でやっているので、見に行きます。
このときのパルムドールで審査員賞をもらった「Ｍｏｍｍｙ」も面白い作品でした。
by TaekoLovesParis (2015-07-20 15:44) 

Taekoさんへ
こんにちは。コメントもありがとうございます♪

カッパドキアの風景のすばらしさが堪能できますよ。今は政情不安ですが、ぜひトルコへ行ってみたいと思いました。
長い作品なんですけれど、セリフがいいので飽きなかったです。俳優さん達もとても演技力がありました。私はほとんど知らない人ばかりでした。欧米以外にも各国にすばらしい俳優はいるのだなと改めて思いました。この作品は人間がよく描けていると思います。完璧ではなくどこか馬鹿なところがあるのが人というもので、他人とかみ合わないところもあると思います。またお金に翻弄されるのも人間の愚かなところ。そういうものを上手く演出していると思いました。監督さん、すごくカッコいい人なんですよ。一目でファンになっちゃいました。画像をアップできないのが残念です。

by coco030705 (2015-07-20 16:12) 

こんにちは。
3時間超えの大作映画なんですね。
でもその時間が気にならないとなれば名作ですね。
トルコ映画ということで雪の世界遺産の風景がなんとも美しそうです。

by キキ (2015-07-20 16:32) 

キキさんへ
こんにちは。nice!＆コメントありがとうございます♪

そうなんです、長い映画なんですが、途中ダレることなく観終わりました。きっとセリフがいいからだと思います。俳優さんも上手い人ばかりで、トルコ映画の底力を感じました。雪のカッパドキアはなんともいえず美しかったです。映画も景色も俳優も、欧米だけでなく各国にすばらしいものがあり、魅力的な人々がいるのだと認識を新たにしました。
by coco030705 (2015-07-20 16:43) 

お早うございます。
雪の轍ー調べたら、福岡～KBCシネマで12時15分から一回合ってます。
観たいです。クラッシックも好きですし～
海街diaryー見たばかりですけどねえ
家にいる人が何て言うか？
by prin4795 (2015-07-21 07:40) 

ケイトさんへ
こんにちは。nice!とご訪問ありがとうございます♪


prin4795さんへ
こんにちは。あら、よかった。ぜひ行ってみてくださいませ。
ちょっと長い映画なんですけど、私はぜんぜんダレることなく観れました。
楽しい映画というのとは違うのですが、人間についてよく描かれていると思います。人間の馬鹿なところとか、かみ合わない部分、そして知らず知らずのうちにお金に翻弄されるところ。そういうのがよく描けていますよ。
お時間が許せばぜひ。

by coco030705 (2015-07-21 08:54) 

らしゅえむさんへ
こんにちは。nice!とご訪問ありがとうございます♪

りんこうさんへ
こんにちは。nice!とご訪問ありがとうございます♪

by coco030705 (2015-07-22 08:27) 

シューベルトのピアノソナタ20番を聴きながら、この記事を拝見しました。
そして予告編も探して、チラッとあらすじも見てみました。
それぞれの思いが上手く伝わらないような、もどかしさみたいなのを感じますねぇ。
英語のタイトルはトルコ語の原題に忠実に＜Winter Sleep＞なのに、
邦題は、雪の轍・・・。　やっぱり冬眠じゃダメなのかしら＾＾；。
最後は皆、冬の眠りから覚めるようなエンディングだといいのだけれど。
by Inatimy (2015-07-22 19:25) 

Inatimyさんへ
こんばんは。nice!&コメントありがとうございます♪

私はクラシックは詳しくないもので、この曲が映画のオリジナルサウンドトラックと思い込んでいました。それほど映像にマッチしていたということです。
3時間16分という長さなのですが、それをほとんど感じさせないセリフ劇の面白さ。はっきりと方向性の見える結末ではないのですが、人間というものの馬鹿さ加減や、お互いがかみ合わないところ、お金に翻弄される様をとても上手く描いている映画だと思います。カッパドキアに行ってみたいと思いました。
by coco030705 (2015-07-22 20:46) 

ネオ・アッキーさんへ
こんばんは。nice!とご訪問ありがとうございます♪

by coco030705 (2015-07-23 21:19) 

ryo1216さんへ
こんにちは。nice!とご訪問ありがとうございます♪


by coco030705 (2015-07-25 08:58) 

tarouさんへ
こんにちは。nice!とご訪問ありがとございます♪

by coco030705 (2015-07-25 18:46) 

月夜のうずのしゅげさんへ
こんばんは。nice!とご訪問ありがとございます♪

by coco030705 (2015-07-25 20:15) 

こんばんは、葉山の花火にコメント頂き有難うございます。
by tarou (2015-07-26 00:22) 

tarouさんへ
再びのご訪問ありがとうございます♪
これからもよろしくお願い致します。
by coco030705 (2015-07-26 02:00) 

bun-taさんへ
こんにちは。nice!とご訪問ありがとうございます♪


by coco030705 (2015-07-26 21:02) 

tweet_2 さんへ
こんばんは。nice!とご訪問ありがとうございます♪

by coco030705 (2015-07-29 20:33) 

空の下さんへ
こんばんは。nice!とご訪問ありがとうございます♪


by coco030705 (2015-07-29 22:14) 

さらまわしさんへ
こんばんは。nice!とご訪問ありがとうございます♪

by coco030705 (2015-07-31 23:53) 

グリングリンさんへ
こんばんは。nice!とご訪問ありがとうございます♪


by coco030705 (2015-08-01 19:37) 

ホビホビさんへ
こんにちは、ようこそ。nice!とご訪問ありがとうございます♪


by coco030705 (2015-08-03 07:47) 

cocoさん、見て来ました。音楽は、私もcocoさんと同じくあまり印象に残らず、画面の美しさとセリフに惹きつけられてました。聞いたことのない言葉の映画で、初めて見る岩だらけの土地、広々とした丘陵を野生馬が駆ける景色、語られるセリフで、過去のいろいろなことが明らかになっていく、3時間を長く感じませんでした。

ひとつひとつの場面が意味がある、と後からわかりますね。泊まり客が、「馬がいるときいたのに」と言うと馬を捕まえ、そして旅立ちの朝、逃がす。日本人宿泊客もいたけど、俳優は韓国人か中国人ですよね。トルコは日本で人気のある旅先だからかしらね。
アイドゥン役の俳優が上手で、セリフだけで過去を浮かび上がらせる。妹ネジラも上手い女優ですね。
ニハルの心の葛藤、わかります！生きがいを探してるんですね。募金活動のリーダーの教師と、もしや、かと思ったら、そうではなく。酔った彼は喋りっぱなしの魅力のない奴でしたもの。
衝撃的な場面は、イスマイルのお金の拒否のしかた、暖炉とは。。
皆、夫々、相手が何を一番大切に思っているかをわからない、何にプライドを持っているか、がわからない、話しながらわかっていくんですね。
イスラム教の聖職者って、かなり、ゆるいのかな、彼は特別？って、営業マンのようなスマイルを見ながら、感じてました。
トルコだから、というわけでなく、人の生き方を考えさせてくれる示唆の多い映画でした。ご紹介ありがとう。

by TaekoLovesParis (2015-08-04 00:06) 

Taekoさんへ
こんばんは。再びのコメントありがとうございます♪

言葉といい風景といい、そして俳優さんたちも初めてづくしでした。主演のアイドゥン役の人、うまかったですね。他の人たちも選りすぐりでよかったと思います。
イスマイル役の人、監督さんとタイプが似てました。この映画の監督のヌリ・ビリゲ・ジェイランさん、とても素敵なんですよ。
イスラム教の聖職者の人、ほんとに「営業マン」みたいでしたね。(笑）皆が皆こんな感じではないでしょうけれど。この人も印象に残りました。上手いですね。
この作品ほんとに深い映画だったと思います。カンヌの選ぶ作品はアカデミー賞とは異質なので、面白いと思います。これからもヨーロッパで賞をとった映画は観るようにしたいものです。



ねじまき鳥さんへ
こんばんは。nice!とご訪問ありがとうございます♪


by coco030705 (2015-08-04 21:38)