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静かなる情熱 エミリ・ディキンスン [外国映画]

 エミリ・ディキンスンという詩人の名を聞いたことがあるだろうか。私は名前だけは知っていたのだが、どんな人物かそして作品がどんなものなのかも知らなかった。しかしこの作品を観て、ストーリーのあいだに、はさみ込まれるエミリ・ディキンスンの詩の朗読を聞いているうちに、心の中に感動が広がってきた。


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 19世紀半ば、北米マサチューセッツの小さな町アマスト。白いドレスに身を包み、緑豊かな屋敷にこもる一人の女性がいた。彼女の名前はエミリ・ディキンスン(シンシア・ニクソン)。


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 マサチューセッツ州のアメリカで最初の女子大、マウント・ホリヨーク女子専門学校に通っていたエミリ・ディキンスンは、学校の福音主義的教えを無条件に受け入れることができず、やがて同校を退学し、アマストの自宅へと戻る。そこで両親や兄オースティン(ダンカン・デフ)、妹ヴィニー(ジェニファー・イーリー)らと過ごしながら詩作の日々を送る。


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 そんな中、父の口添えで地元の新聞に初めて自身の詩が掲載されるも、編集長から“女には不朽の名作は書けない”と辛辣な言葉を浴びるエミリだった。
 やがて彼女は、妹のヴィニーに資産家の娘、ヴライリング・バッファム(キャサリン・ベイリー)を紹介される。バッファムは快活でユーモアをまじえながら何事も本音で語る進歩的な女性だった。
エミリは彼女に影響されていく。


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 ハーバード大学に通っていた兄のオースティン(ダンカン・ダフ)が、父と一緒に弁護士の仕事をすることになる。兄は嫁のスーザン(ジョディ・メイ)と一緒に隣に住むことになり、一家を喜ばせる。エミリにとって、生家以外のすばらしい場所は考えられなかった。
 時代は南北戦争のときで、兄も戦争に行きたいという意思をもっていたが、父が参戦を禁じたので、意思に反して自宅にとどまった。


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 エミリ・ディキンスンとワズワース牧師

 彼女が唯一心を動かされた男性はワズワース牧師で、彼の説教に感動したエミリは、彼とその妻をお茶に招待する。そして牧師と自宅の庭を散歩しながら自作の詩を渡す。牧師から賞賛の言葉をもらったエミリは、自分の作品が後世に残ってほしいと本心を語るのだった。


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 親友のバッファムが結婚し遠くへ行き、牧師のワズワースもサンフランシスコへ旅立っていった。さらに父親が亡くなり、エミリはそのショックゆえに心を閉ざすようになり、白い服を着て自宅の部屋に閉じこもる。当時は黒い服が喪服だったが、白い服はエミリなりの喪服だったそうだ。

 エミリの詩を掲載した新聞社のボウルズが自宅に来た時、エミリは自分の詩に手を加えたことを激しく非難する。その腹いせにボウルズは新聞に、女性の書き手に対する彼の批判的な文章を掲載する。

 一方エミリの詩を称賛する若い美青年のエモンズが訪問するが、「彼の美貌に私は釣り合わない」とエミリは考え、部屋からは出ようとしなかった。

 エミリの最後は、ブライト病という不治の病にかかり、全身のけいれんに苦しむ。そして病状が悪化して、55歳で家族に見守られながら遂に帰らぬ人となったのだった。


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エミリ・ディキンソンの肖像

 エミリ・ディキンスンは、生前わずか10篇の詩を発表したのみで評価されることはほぼなかったが、死後、彼女の部屋の引き出しから約1800篇の詩が発見され、その繊細な感性と深い思索から生まれた詩は各方面に多大な影響を与えた。日本では武満徹が詩に着想をえて「そしてそれが風であることを知った」を作曲し、サイモン&ガーファンクルは彼女にまつわる歌「エミリー、エミリー」「夢の中の世界」をアルバムに収めた。そしてターシャ・テューダーはエミリの詩集「まぶしい庭へ」で挿絵を手がけた。

 この作品は彼女の本当の生家で撮影された。こんなに狭い一角で暮らすことがディキンスンにとっては幸せだったんだなと感慨深かった。生活範囲が狭いだけ、内面に深く入り込むことができたのだろうか。ディキンスンは「詩を作るのは私の日常。それは救いのない者への唯一の救いなの」といっている。

 どちらかというと地味な映画だと思うが、主演のシンシア・ニクソンの演技力、そしてベテランの俳優たちが周りを固め、125分を全く退屈せずにみせてくれた。佳作である。

 最後に「まぶしい庭へ」という詩集(ターシャ・テューダー絵)から私の好きな詩を一篇、書き留めておこうと思う。

          月は 金のあごだった、
          一日、二日まえには。
          いま 月は 完全な顔を
          下界に 向けている。

          ひたいには たっぷりと金髪、
          頬は エメラルドの色、
          視線を 夏の夜露に落としている。
          わたしの いちばん好きな 月のすがた。

          By Emily Dickinson


原作:A QUIET PASSION 監督:テレンス・ディヴィス 出演:シンシア・ニクソン、 
ジェニファー・イーリー、 キース・キャラダイン、 ダンカン・デフetc.
2016年 イギリス/ベルギー    
2016年度ゲント国際映画祭グランプリ受賞作品(ベルギー)



まぶしい庭へ

まぶしい庭へ

  • 作者: エミリー・ディキンスン
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/メディアファクトリー
  • 発売日: 2014/07/04
  • メディア: 単行本



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coco030705

鉄腕原子さんへ
こんばんは。nice!とご訪問ありがとうございます♪

by coco030705 (2017-09-03 23:18) 

coco030705

@ミックさんへ
こんばんは。nice!とご訪問ありがとうございます♪

by coco030705 (2017-09-03 23:33) 

coco030705

uminokajinさんへ
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てんてんさんへ
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by coco030705 (2017-09-04 14:00) 

coco030705

コザックさんへ
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by coco030705 (2017-09-04 14:01) 

coco030705

怪しい探麺隊さんへ
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takaさんへ
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by coco030705 (2017-09-04 14:02) 

coco030705

りんこうさんへ
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by coco030705 (2017-09-04 14:03) 

coco030705

sugoimonoさんへ
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by coco030705 (2017-09-04 14:04) 

coco030705

匁さんへ
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by coco030705 (2017-09-04 21:02) 

匁

月のようなとか太陽のようなと言うと
最近聞いたことが有るような。気がします。
この映画はやっぱり、JR北口方面に
在る映画館で観られたんですか?
いいですね。羨ましいです。

by (2017-09-06 09:09) 

coco030705

匁さんへ
こんにちは。コメントもありがとうございます。

この作品は大阪のシネ・リーブル梅田という映画館で観ました。
ウェスティンホテル大阪のすぐ近くです。
東京は岩波ホールで上映していたみたいです。


by coco030705 (2017-09-06 15:46) 

coco030705

Taekoさんへ
こんにちは。nice!とご訪問ありがとうございます♪
by coco030705 (2017-09-06 15:47) 

coco030705

Inatimyさんへ
こんにちは。nice!とご訪問ありがとうございます♪
by coco030705 (2017-09-06 15:48) 

coco030705

アルファルハさんへ
こんにちは。nice!とご訪問ありがとうございます♪

by coco030705 (2017-09-06 15:49) 

TaekoLovesParis

シンシア・ニクソン、えーっと何に出てたっけ?最後の写真の顔に見覚えがあるけど、、「SATC」のミランダでしたね。エミリー・ディキスンの本人写真にちゃんと似せてますね!
<生活範囲が狭いだけ、内面に深く入り込むことができたのだろうか。>
→ この言葉、なんか重みがあります。ターシャ・テューダーさんのドキュメンタリーはNHKで何度か見ました。野趣を残したお庭、すばらしいですね。花がたくさん咲いて。私もターシャのお庭のようなのをめざしてますが、働いてると、時間がとれなくて、、理想とほど遠いです。
cocoさん、おすすめの詩、いいですね。夏の夜、庭の椅子に座って、月を眺めてると、こんなふうに見えるのでしょうね。額がエメラルド色のお月さま、詩心があっていいなぁ。
by TaekoLovesParis (2017-09-06 23:46) 

Naka

エミリ・ディキンスンは初めて知りました。
「高慢と偏見」のジェニファー・イーリーも
出演しているのですね。
興味深い映画です。
by Naka (2017-09-07 00:27) 

coco030705

Taekoさんへ
こんばんは。nice!&コメントありがとうございます♪

さすがよくご存じですね!「SATC」の女優さんです。エミリ本人の肖像画をみたら、雰囲気が似てますよね。シンシア・ニクソンはかなり大柄な人ですが、上手いですね。ターシャ・テューダーはマサチューセッツで暮らしたかったんですって。ボストンの名家の生まれですので。彼女はニューイングランドで暮らしました。子どもの時からディキンスンが好きだったそうです。だからターシャがディキンスンの詩に挿絵を描いたのはごく自然な成り行きでした。
「まぶしい庭へ」はとてもきれいな本なので、機会がありましたら、本屋でパラパラっとご覧になってくださいませ。

by coco030705 (2017-09-07 01:40) 

coco030705

Nakaさんへ
こんばんは。nice!&コメントありがとうございます♪

よくご存じですね。「高慢と偏見」の女優さんがわきで出てます。美人ですね。シンシア・ニクソンは現代ドラマとは全く違った雰囲気で演じてました。すごく上手い女優さんなんだなと改めて思いました。
私も期待しないで行ったのですが、やはりキャスティングがよかったから、面白い作品に仕上がっていましたよ。

by coco030705 (2017-09-07 01:49) 

coco030705

ネオ・アッキーさんへ
こんばんは。nice!とご訪問ありがとうございます♪

by coco030705 (2017-09-07 01:50) 

coco030705

gillmanさんへ
こんにちは。nice!とご訪問ありがとうございます♪

by coco030705 (2017-09-07 17:00) 

のらん

エミリー・ディキンスン!
たしかに詩人の名前として聞いたことはあるのだけれど・・・
そして、まだ女性が社会で活躍できない頃の人だったのですね〜
引用されている詩、美しくて、情感豊かで、とても素敵♪
ターシャさんが挿絵を描かれている詩集、探してみます(^^)v
by のらん (2017-09-09 12:06) 

coco030705

のらんさんへ
こんばんは。nice!&コメントありがとうございます♪
「月」の詩、いいでしょう?
女性作家は軽視されていた時代でしたので、作品発表もままならなかったんでしょうね。でも彼女が書き残した詩がご家族の手によって出版されたのは幸運でしたね。
ぜひ「まぶしい庭へ」を手に取ってご覧になってくださいませ。


by coco030705 (2017-09-10 20:20) 

coco030705

みぃにゃんさんへ
こんばんは。nice!とご訪問ありがとうございます♪

by coco030705 (2017-09-10 20:22) 

coco030705

いっぷくさんへ
こんにちは。nice!とご訪問ありがとうございます♪

by coco030705 (2017-09-11 10:52) 

coco030705

ありささんへ
こんばんは。nice!とご訪問ありがとうございます♪

by coco030705 (2017-09-12 18:49) 

coco030705

nonさんへ
こんばんは。nice!とご訪問ありがとうございます♪

by coco030705 (2017-09-17 21:02) 

coco030705

キキさんへ
こんばんは!nice!とご訪問ありがとうございます♪
by coco030705 (2017-09-19 22:08) 

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