魂萌え！ by 桐野夏生 [本・雑誌]
桐野夏生さんの小説は読んだことがなかった。この本が売れているのを知っていたし、映画化されたのも知っていた。でも、なかなか読む機会がなかった。ブームよりだいぶ遅れたが、先日読んでみた。読み出すとおもしろくてやめられなくなった。いっきに最後まで読んでしまった。
この本の題名から、今はやりのスピリチュアルに関係のある本かと思っていた。だかそうではなかった。
主人公は平凡な主婦関口敏子である。彼女は還暦目前の59歳だ。ドラマは、敏子の夫が家の風呂場で倒れて、あっけなく死んでしまうところから始まっている。そして夫には、十年来の愛人がいたことがわかったのだ。敏子の人生は急激に、平凡なものから劇的なものへと変貌した。
敏子には子供が2人いたが、長男のほうはアメリカに住んでいて、今まで音信不通といってもいい状態だったのに、急に帰国して同居するといい始める。長女は遠くないところに住んでいるが、やはりわがままで敏子の事を第一に考えてくれるわけでもない。
何もかも嫌になった敏子は、家出して都内のカプセルホテルに滞在する。しかしそこで彼女は、自分よりはるかに悲惨な状況の支配人野田や宮里の人生を垣間見る。こうして敏子の人生勉強がスタートしたのだ。
この小説を読んでいると、きっと世の中にはこんなことが実際にあるのだろうなという気持ちにさせられる。非常にリアルに描かれているのだ。この中に描かれる人物像は全員良いところと欠点が混在している。それが敏子の観察眼によって、描かれていく。敏子の友人達にしても、もちろん敏子の事を気遣ってくれるのだが、一人ひとり個性がある。いいところも悪いところもあるのだ。
敏子は関口が参加していた「蕎麦うちの会」のメンバーに誘われて、お蕎麦を食べに行く。そこはくしくも、夫の愛人が経営する店だった。
その会のメンバーの一人、塚本という見栄えのいいプレイボーイタイプの既婚の男性に誘われて、敏子は一夜を共にし、塚本に惹かれる。しかしおもしろいのは、最初は高級ホテルに誘ってくれた塚本が、二度目はラブホテルに誘おうとするので、敏子が急に興ざめしてしまうところだ。
ここには、男性と女性の感受性の違いがよく現れていると思う。男性としては、これからも交際を続けていくのに、高級ホテルばかりだとお金が続かないので現実的にそうしたのだが、敏子にしてみれば、塚本の本心がわかった気がして、ロマンティックな気分が遠のいてしまうのだ。男女というのはおかしいものだ。
また、敏子は最後にはゴルフの権利書をめぐって、愛人と対決する。それも敏子が愛人の蕎麦屋に乗り込んで行って、お互い本音をぶつけ合うのである。
今まで夫の庇護の下に、平凡に「つつがなく」暮らしていた主婦敏子からは考えられない変貌ぶりだ。だか小説では、この流れがまったく違和感なく変化していく。ここは作者のうまさだろう。
敏子は今までの自分の人生を振り返り、何事にも受身で波風を立てることをよしとせず、現実をしっかり見ずに生きてきた自分に気付くのだ。
だからといって、敏子の人生が急激にいい方に向かうということにはならない。これから、敏子は色々な人とかかわり、相手の良さも嫌なところもわかった上でつきあっていくのだ。敏子の人生はもう平凡ではありえない。自分ひとりで、楽しいことも嫌なことも乗り越えていくのだろう。敏子の未来が明るいものかそれとも、困難なものなのかは結末としては描かれていない。けれども、読者は彼女がもはや、弱い人間ではなくなったということをはっきりと知らされるのだ。読者は、敏子の行く末を幾通りにも想像することができるだろう。
「失うものがあれば、必ず得るものもある。……これからは、今までしたことのない経験をたくさんしよう。」と敏子は思うのであった。本当におもしろい小説だった。
- 作者: 桐野 夏生
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2006/11
- メディア: 文庫
- 作者: 桐野 夏生
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2006/11
- メディア: 文庫
coco030705 さん
愛猫リーちゃん
2015.2.3 リーちゃん昇天す。
DSilberlingさんへ
nice! ありがとうございました♪
by coco030705 (2007-03-24 20:56)
わたしはこの小説をNHK海外放送のドラマで初めて知ったのですが、ドラマがとてもおもしろく、一瞬にして引き込まれてしまいました。キャスティングもよかったし、もう一度見てみたいくらいです。原作もぜひ読んでみたい。その上でまたコメントしにうかがいます。
by 鯉三 (2007-03-25 01:15)
始めまして、、かも。
女流のミステリー小説はどうも受け付けず、桐野さんも乱歩賞作品以後
数冊読んで止めてしまいました。この小説はミステリーではないんですね。
久々に桐野作品読んでみようかな。
それにしても、はじめが高級ホテルでＯＫ，2度目にラブホテルで
興ざめですか～～。最初からラブホテルにすべきでしたか？(^_^)
by aranjues (2007-03-25 11:40)
現実味があって、ぐいぐい引き込まれる本なんですね。
私も桐野夏生＝ミステリーと思っていました。
読んでみたいです。
娘や息子が味方になってくれるんじゃないんですね。現代っぽい（笑）
by TaekoLovesParis (2007-03-25 15:44)
鯉三さんへ
nice＆コメント ありがとうございました♪
ドラマでもやっていたのですね。映画もなかなか評判がよかったみたいですよ。
原作も読んでみたら、ドラマとの違いがわかっておもしろいかもですね。
aranjuesさんへ
nice&コメントありがとうございます♪
はじめまして。ようこそ。
この小説はミステリーではありません。桐野さん自身が自作を「ブラック桐野
ワールド」と「ホワイト桐野ワールド」に分けていらっしゃるんですって。
これはもちろん、ホワイトのほうです。でも、結末がブラックへの橋渡しとも
受け取れると解説の人が書いてましたけど。
現実社会こそ、「グラック桐野ワールド」ですよね。
それから、最初から＊＊ホテルはやっぱりだめでしょう！（笑）
by coco030705 (2007-03-25 16:26)
Taekoさんへ
nice&コメントありがとうございます♪
桐野さんはミステリーと普通の小説と２種類書いていらっしゃるようですね。
私も「魂萌え！」がおもしろかったので、ミステリーの短編を買って読んでみたんですが、あまりおもしろいとは思えませんでした。
人によって好みが分かれるんでしょうね。
by coco030705 (2007-03-25 16:30)
こんばんは。
この作品は、本を読むか映画を観るか悩んで
とりあえず、本を後回しにしてしまいました(^^ゞ
映画は面白かったのですけれど、まだ、本に手が出せないままでいます。
う～ん、仕事の山が過ぎたら、挑戦してみようかなあ…
by non_0101 (2007-03-26 01:30)
nonさんへ
nice&コメントありがとうございます♪
映画はけっこうおもしろかったみたいですね。私もDVDで見てみようかと
思っています。
本は多分もう古本屋に出回っていると思いますし、お友達でもどなたか
もっていらっしゃるのでは…。お仕事お忙しそうなので、体に気をつけて
くださいね。
by coco030705 (2007-03-26 11:30)
Soraさん、こちらにもnice! ありがとうございます♪
by coco030705 (2007-03-29 07:45)
読んでみたくなりました
作家では、最近城山三郎氏が亡くなって哀しいです
by gillman (2007-03-31 07:39)
gillmanさんへ
nice&コメントありがとうございます♪
城山さんの作品は読んだことがないんですが、
一度読んで見ようと思っています。
今年は読んだことのない作家の作品を、たくさん読む年に
したいと思っています。
by coco030705 (2007-03-31 10:01)
お久しぶりにブログを拝見させていただきました・・・
「魂萌え」NHKのドラマで見ました！！！
小説は未だ読んでませんが、テレビでも大変楽しめました。
高畑淳子は好きな女優ですので・・・高橋恵子は意外な役どころでしたよ。
映画は風吹じゅんと三田佳子だったかしら？
子供がいても、身につまされる孤独感ですので、自分がしっかりしませんとねえ～
by みほりん (2007-04-10 21:02)
みほりんさんへ
お久しぶりです！お元気ですか？また読んでいただいて嬉しく思います。
「魂萌え！」はドラマにもなっていたんですか。
高畑淳子さんは威勢のいい女優さんですね。また再放送するかしら。
映画はDVDで見ようと思ってます。
ではまた私もご訪問します。
by coco030705 (2007-04-11 22:28)
うりくまさんへ
こんばんは。nice!とご訪問ありがとうございます♪
2007年に書いた記事ですね。コメントを書いてくださっている方々に、売り熊さんを含めて4人ほど今もやりとりしている方々がいます。
でもやめていかれた方がかなりいらっしゃるのです。続けるってなかなか根気がいりますね。
by coco030705 (2022-03-21 19:36)